002_化学療法

2007/01/04(Thu) 06:50 | CATEGORY: 治療記録 |
2006年12月?日
がんセンター初診。簡単に説明を受けて、PET/CT検査(12/25)と歯科(12/26)の予約。数日後ノドに違和感を感じ予定外の外来診察。年内に入院できることになった。入院後、骨髄検査、リツキサン1回目。R-CHOPのうちリツキサンだけはCHOPと多少時間が開いても大丈夫とのことで、R-CHOPの途中で年末年始2泊3日の外泊。


20070105_RituxanMaybe.jpg多分リツキサンの写真だと思う。(曖昧) 私は副作用も無し。とても眠くなって、カーテン一日中閉めっぱなしでもイイから、苦痛どころか気持ち良く寝通した。

BLOGの過去ログは定期的にバックアップ取っていたはずだけど、この1回目のリツキサンを含め、それ以前のログは無かった。だから良く分からない。おかしいな。(←私の頭が)


2007年01月05日
CHOP1回目。夜に2回吐いて点滴、翌日寝過ごしてプレドニンも点滴。点滴針大活躍。

R-CHOPとは

R = Rituxan
C = Endoxan (Cyclophosphamide)
H = Adriacin (Hydroxydaunomycine?)
O = Oncovin
P = Predonine

のイニシャルを合わせたもので「アールチョップ」と読むらしい。先生曰く「強いプロレス技みたいで効きそうでしょう?」 ……おっしゃる通り確かに効きそう、だけれども、チョップを食らう方は溜まったものじゃないよ、先生。

↓ こんなのを
20070105_Endoxan.jpg20070105_Adriacin.jpg20070105_Oncovin.jpg


20070105_hand.jpg←こんな所から入れる。肌がフヤけているのはシートを貼ってネットで保護しておくから。抗がん剤用の点滴針は一度入れたら数日は抜かない。

血管が貧弱な私は血管痛に苦しみました。ました、というか、未だに寒い等は痛いよ。(治療から半年後)




この日の日記には

PS。オシッコが赤くなりました。

と書いてあった。アドリアシンだね。抗がん剤は基本的に毒物だから、体に入れたら速攻排出した方が良いので、最低1日2リットルの水分を取ってオシッコで出す。

いや、出した方が良いなどという生易しいものではない。体重が点滴前と比較して基準値を超えると利尿剤で強制排出。数分置きにトイレに行くという大変忙しい時を過ごす事になるので、出来れば避けたい。だから頑張って点滴連れてトイレ通いした。その甲斐あってか1回目のCHOPは体重測定クリア。

どのみちトイレ通いじゃないの、と気付いたのは、今これを書いているとき、なのだった……。おかしいな。(←私の頭が)

夜に尿検査。カリウムか何かの検査だった気がするけど忘れた。これもアウトだと確か利尿剤。違ったかも。忘れたし記録も無かった。夜の利尿剤は勘弁いただきたい。


R-CHOPのP (Predonine) だけは飲み薬で、1日20錠(朝食後12錠、昼食後8錠)を、5日間連続で飲む。胃が荒れた。

20070105_PredonineM.jpg20070105_PredonineL1.jpg


20070105_PredonineL1-2.jpgゾフランは、プレドニン(ステロイド剤)以外の吐き気止めかも? 抗がん剤の吐き気止めとしては比較的新しい薬で、この薬で随分患者のQOLが上がったらしい。けど、……本当かな。ゾフランの中身はこんなの。すぐに舌の上で解けるので飲み込む必要は無い。

20070105_PredonineL1-3.jpgゾフランは抗がん剤直後しか効かないということで、数日後から吐き気止めはプリンペランに変わる。吐き気は止まらない。しかしプレドニンで荒れた胃はプリンペランではどうしようもないということは2度目のR-CHOPの時まで知らずに延々と……。



2007年01月09日
眠れない上に死にたくなったので、眠れる薬を出してもらう。以降、常用。
この日の日記には、上記不眠のことと、食事が喉に刺すようにしみる刺激的なランチタイムであること、プレドニン100錠服用終了を喜びが記されていて、数行開けて最後に2行。

こんな場所から早く退院したい。
ただでさえ無い体力が、また落ちた気がする。ちょっと会話するだけでくたびれる。



2007年01月17日
白血球1,810なのに生禁。リンゴがぬるい。G-CSF注射開始5日間。

2007年01月18日
脱毛開始。

2007年01月22日
モヒカンにするも脱毛激しく数日後にはタダのハゲ。
白血球22,950。

2007年01月23日〜24日
R-CHOP2回目。CHOP前日の夕食から食事量を減らして吐かずに乗り切った。のに! あと利尿剤。微熱が下がらないといったらEBウイルスとやらの検査をすることに。結果は問題無し。

吐き気が収まらない事を伝えると、胃薬が追加になった。この時、プレドニンが胃を荒らすことを初めて知った。先に言ってよ! ……と思ったけれど、今考えてみると説明されたけど聞いてなかっただけかも。自信が無い。おかしいから。(←私の頭が)

赤い薬は(多分)下剤。副作用の便秘で痔になろうものなら大変な事になるので飲む。この赤い下剤と軟便剤を場合により使い分けていた。(ちなみに、この日の日記には「下剤を昼に2錠飲むも便秘」とのこと。効かなかったらしいよ。)それから初日ゾフラン、相変わらずプリンペラン、プレドニン5日間100錠。

20070105_PredonineL3.jpg20070107_pp.jpg



2007年01月26日
退院。

2007年01月28日〜02月01日 地獄の数日間
吐き気がおさまらないのに吐き気止めが無くなる。延々と吐き続ける。先生に電話で聞いて市販の胃薬を飲むも全く効かず、最終的に太田胃散と眠剤をバカみたいに飲んで寝たら落ち着いた。

2月1日の日記より引用。

遂に、引き蘢りのウンコ製造機から、トイレーベッド間直通の人間ポンプに変身しました。

先生に電話して聞いたら市販の胃薬を飲んでも良いということなので色々試しましたが無駄でした。なにしろ水が喉に入ると反射的に胃から逆流するので話になりません。病気になってから初めて逃げ出したいと思いました。なんだか解らないけど悔しくて吐きながら泣いちゃいました。女の子だもん★みたいなノリで乗り切りました。いや乗り切れてないし!

このブログはベッドで横になって書いてます。MacBookさんも横になってます。最近のノートパソコンは凄いですね。横にしても動きます。逆さにしても動くか試したいけど持ち上げるパワーがありません。そんなことはどうでもいい。奥山貴宏さん見習って意識あるうちは書くぞ!っていう覚悟決めた。

吐きそう。苦しい。吐く物なんてとっくに無い。でも吐く。よく死なないもんだ。人間って凄いなあ。


ドラマみたいな、がん治療シーンって感じ。

2007年02月02日
外来。白血球1,760、G-CSF注射開始5日間。

2007年02月13日〜14日
入院R-CHOP3回目。

CHOP当日の日記より。

エンドキサン以外は良く知らんけど注射になったよ。注射って言っても既に入れっ放しの点滴用の針から突っ込むんだけどね。(プレドニンは錠剤)なぜ注射でできるのに、普段はわざわざ点滴なのかを理由を聞いたら言葉を濁されました。しつこく尋ねたら、なんか急激に血中濃度が上がって心臓に負担がかかるらしいとか、そんなことをおっしゃってた気もしますが、アホなので良く分かりませんでした。とりあえず、心臓、がんばれ!

未だに、なぜ点滴じゃなくなったのか教えてもらえない。がんセンターでは治療法をクジ引きで決めるとか実験とか色々な噂があるけど……。隠されると余計に気になる。いつか暴く!

20070214_r-chop3_1.jpg20070214_r-chop3_2.jpg



2007年02月17日
食欲がない。病院食は止めてもらう。食べ物の匂いで気持悪くなるので食事の時間は屋上などに避難。不眠、吐き気。BMIが18を切った。治療毎に体力が落ちて行くことを身を以て実感。

眠剤が効かなくなった。

2007年02月19日
20070213_breakfast.jpg病院食は肉とか魚とか油や匂いがキツくて食べれないから勿体なかったので止めたまま、食べれるものから食べるように頑張る。病院食の匂いだけで反射的に吐くようになったので、食事の時間はデイルームに避難。

最初は清涼飲料水だけから始めて、ヨーグルトやゼリー、スープ、サラダ、カップラーメン、と食べられるようにしていった。



2007年02月20日
20070213_starbucks.jpgもう精神的に無理だったので

  _  ∩
( ゚∀゚)彡 火曜退院!火曜退院!
 ⊂彡

こんな感じで月曜にダダをこねて退院を決めた。

病院を離れて一人で頑張る気合いを入れるべく、病人のくせに完全徹夜明けで、昨日は外出許可取って半日ほどおでかけしてきた(笑) 病院前から出てるバスで街の中心へ20分。吐き気と戦いながらのハードなドライブを乗り越えると、お気に入りのブランドのお店とか、何でも無い雑貨屋さんとか、そこには当たり前の日常があって、良くも悪くも現実を見た。スタバで一服するのが嬉しいとか思ったのは初めてだった。(注文したものの殆ど飲めなかったし食えなかったけど・笑)



2007年02月20日
突然、退院。不眠、吐き気。


2007年02月22日
ボディ用のT字カミソリでスキンヘッドに。後頭部剃るときが見えないので危険だったけど頭を切る事なくツルツルに。気持よい。


2007年02月26日
地元の総合病院でG-CSF注射開始4日間。



【続く】
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